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東京地方裁判所 平成10年(ワ)24388号 判決

原告 破産者a電設株式会社破産管財人X

被告 株式会社第一勧業銀行

右代表者代表取締役 A

右訴訟代理人弁護士 関口保太郎

同 脇田眞憲

同 冨永敏文

同 吉田淳一

同 古館清吾

被告 東日本建設業保証株式会社

右代表者代表取締役 B

右訴訟代理人弁護士 樋口俊二

同 五百田俊治

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

一  請求

1  被告株式会社第一勧業銀行は、原告に対し、金一二九〇万円及びこれに対する平成一〇年一〇月三一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  被告東日本建設業保証株式会社は、原告に対し、後記預金目録〈省略〉の債権について、原告が預金債権者であることを確認する。

二  事案の概要

本件は、破産者a電設株式会社(以下「破産会社」という。)の破産管財人である原告において、被告株式会社第一勧業銀行(以下「被告銀行」という。)に「a電設株式会社」の名義で預けられた後記預金目録〈省略〉の預金につき被告東日本建設業保証株式会社(以下「被告保証」という。)がその帰属を争うことから、被告銀行との預金契約に基づいて、被告銀行に対してその払出しを求め、被告保証に対して預金債権者であることの確認を求めた事案であり、本件では、当事者間において、前提となる事実関係に争いがなく、公共工事の前払金保証の特殊性にちなんで、専ら、後記(判断すべき事項)のとおり、法的な評価の問題が争われたものである。

(前提となる事実)

1  当事者等

原告は東京地裁八王子支部平成一〇年(フ)第九六号事件で破産宣告を受けた破産会社の破産管財人である(争いがない)。

被告銀行は銀行業務を目的とする会社であり、被告保証は公共工事に関する前払金の保証をする事業等を目的とする会社である(争いがない、乙七、弁論の全趣旨)。

被告保証と被告銀行は、昭和五一年四月一日、請負者(保証契約者)から被告銀行に預託された前払金(預託金)の適正な払出に関する管理及び使途の監査につき業務委託契約を締結し(以下「本件業務委託契約」という。)た(争いがない、乙一一)。

2  破産会社の公共工事と前払金の預入れ

破産会社は、平成九年六月二〇日、東京都から、「都営住宅〈省略〉(○○町〈以下省略〉)屋内電気設備工事」(以下「本件工事」という。)を契約金額七一一九万円、主体建築工事竣工後二〇日間の工期、契約保証金の免除、前払金を支払う等の条件で請け負っ(以下「本件請負契約」という。)た(争いがない、乙九、丙一)。

被告保証は、右同日、破産会社との間で、本件工事について、被保証者東京都知事、保証金額二八四〇万円〔前払金相当額〕、請負金額七一一九万円、保証期限平成一一年一月一三日、預託金融機関第一勧業銀行〔被告銀行〕久米川支店などとして前払保証をし(後記三1参照、以下「本件保証」ないし「本件保証契約」という。)た(争いがない、乙一〇、丙二)。

被告保証は、平成九年七月四日、被告銀行に対し、本件業務委託契約に基づいて、本件保証につき前払金預託取扱依頼をし、被告銀行は、同月八日、これを受け付けて、後記預金目録〈省略〉の預金口座(以下「本件口座」という。)を開設した(争いがない、丙三)。

東京都は、平成九年八月六日、本件口座に本件工事の施工のための経費として二八四〇万円(以下「本件前払金」という。)を送金した(争いがない、丙三)。

3  破産会社の破綻と本件保証の顛末

破産会社は、平成九年八月七日、下請けの富士電設資材株式会社が担当した工事分の支払に充てるため、所定の手続を経て、本件口座から現金一五五〇万円を払い出し、本件口座の残高が一二九〇万円となった(争いがない、丙五)。

破産会社は、平成九年一一月二七日、東京都に対し、本件工事が続行不能である旨を申し出て、東京都は、同年一二月八日、破産会社に対し、本件請負契約を解除した(争いがない)。

被告保証は、平成一〇年一月一四日、東京都に対し、その請求に基づき、本件保証契約による東京都のための保証債務の履行として、本件前払金二八四〇万円から破産会社の施工した本件工事の出来形(出来高)分を控除した二〇九九万〇一五〇円を支払った(争いがない)。

その後、平成一〇年三月一八日に破産会社が破産宣告を受け、後記預金目録〈省略〉の預金(以下「本件預金」という。但し、本件口座に本件前払金が入金された以後をも総称する呼称とする。)がされたまま、本件口座から払出しがされない状態で現在に至っている(争いがない)。

(判断すべき事項)

本件預金にかかる権利関係の帰属等の捉え方如何

1  原告の主張

本件預金は、破産会社と被告銀行との間における預金契約に基づき、破産会社名義の本件口座に預けられたものであり、当然、破産会社の破産財団に帰属する(なお、本件のように、請負契約が発注者に解除されて、前払金の預金の払出しに必要な当該請負工事の経費のための支出であることの証明文書の提出が不可能となり、預金者である保証契約者が破産したような場合には、その破産管財人である原告に対しては、右の証明文書がなければ払出しができないという特約をもってこれに対抗できない。)。

2  被告銀行の主張

(一) 被告保証への帰属(一次的主張)

本件預金は、公共工事の前払金保証事業に関する法律(以下「保証業法」という。)による被告保証の本件保証契約を前提として、東京都から本件工事のための経費として前金払された請負工事資金であり、破産会社はこれを本件工事のために適正に使用する義務を負っている。この前払金は、その使用の適正を期するため、被告銀行において、破産会社の他の一般財産から隔離し、本件工事にかかる前払金として専用の別口普通預金口座に入金されるなど、被告保証と被告銀行の厳しい管理下に置かれ、破産会社において、下請業者や資材業者への代金支払など本件工事の経費として使用することを証明する文書の提出のあった場合に限り、その払出しが認められ、任意の利用や処分が許されず、それが事実上もできない法律関係にあるものである。

しかし、原告はその責に帰すべき事由により本件請負契約を解除されたことにより、本件前払金のうち、出来形部分を控除した残額は、前払金の過払となり、地方自治法施行令一五九条所定の過渡金として、これを東京都に返納すべき義務を負ったので、本件預金債権は右過渡金の一部に該当し、原告がこれを返納すべく義務付けられた過渡金そのものである。

被告保証は、本件保証の履行により、東日本建設業保証株式会社前払金保証約款(以下「本件約款」という。)一六条一項、二項に基づき、破産会社に対する求償金を取得し、同時に、東京都が破産会社に対して有する過払金返還請求権すなわち本件前払金そのものである本件預金の取戻権について、これを代位取得した。

(二) 破産財団への帰属と相殺(二次的主張)

被告銀行は、破産会社に対し、後記貸金目録一〈省略〉の手形貸付けに基づく貸金一二九〇万円、同目録二〈省略〉の証書貸付けに基づく貸金三七〇万円の反対債権を有している。

本件預金債権が破産財団に帰属するとすれば、破産会社は、平成九年一二月四日、二回目の手形不渡りを出して東京手形交換所において取引停止処分を受け、被告銀行との銀行取引約定に基づいて期限の利益を喪失しているから、本件預金と右反対債権が相殺適状になっている。

被告銀行は、平成一〇年一二月二四日の本件訴訟第一回弁論準備手続期日において、破産会社に対し、右相殺の意思表示をした。

3  被告保証の主張

(一) 被告保証への帰属その一

被告銀行の一次的主張と同旨

(二) 被告保証への帰属その二(信託法一六条類推)

信託とは、委託者が法律行為によって受託者に財産権を帰属させつつ、同時にその財産を一定の目的(信託目的)に従って、社会のため又は自己若しくは他人(受益者)のために管理処分すべき拘束を加えるところに成立する法律関係をいう。

本件預金の特殊性に鑑みると、請負者たる破産会社は、信託契約上の受託者に、発注者たる東京都は委託者兼受益者と位置付けられるものであり、信託財産に対する受託者個人の債権者による差押えを禁止した信託法一六条が類推適用される関係にあるから、受託者たる破産会社の破産により、発注者たる東京都に本件預金の取戻権が認められる。

被告保証は、本件保証の履行による代位(本件約款一六条二項)により、東京都が有する取戻権を代位取得した。

4  原告の反論

(一) 被告銀行の主張(一)及び被告保証の主張(一)について

本件請負契約の解除の結果、破産会社が東京都に対して本件前払金の返還義務を負ったとしても、東京都が本件預金債権そのものを取得する原因にはならず、また、右解除に際して、破産会社から東京都への本件預金債権の移転の合意もない。

(二) 被告銀行の主張(二)について

公共工事の前払金制度の趣旨から、あくまでも前払金は下請業者等への経費の支払に充てられる金員であって、銀行から請負人に対する債権によって相殺することは、業務委託契約や預金契約によって禁止されていると解すべきであるから、被告銀行においても、その反対債権でもって本件預金を相殺することはできない。

また、本件預金について、被告銀行は、本件前払金の預入れの当初からこれを相殺する期待を有しておらず、実際に、債権調査期日において、相殺した後の債権額を届け出せず、貸付債権の全額を届け出て、その旨確定しているのであるから、被告銀行が被告保証の権利保全の不熱心に乗じて、いわば漁夫の利的に相殺するのは、明らかに正義に反し、債権者の平等に悖るのであって、権利の濫用にあたる。

(三) 被告保証の主張(二)について

東京都と破産会社との間で、本件預金に関し、信託契約が締結された事実がないことは明らかであり、当事者の合理的な意思解釈からも、信託契約の存在を認めることはできない。

もとより、信託が成立するためには、委託者から受託者へ財産を移転することと受託者が一定目的に従ってその財産を管理処分することが必要である。本件では、東京都から前金払されたのは信託財産の移転ではなく、本件請負契約に基づきその代金の一部としてされたものであり、破産会社が前払金から下請会社に代金等を支払ったとしても、それは破産会社と右会社との間の契約に基づいて支払がされたのであって、信託財産を一定の目的に従って処分したことにならない。

さらに、本件預金を信託財産とみると、受益者の利益享受の禁止(信託法九条)、有限責任の原則(同法一九条)、物上代位の原則(同法一四条)等の信託法上の諸原則に反する結果となるし、実際にも、私人間の建物等の建築請負工事では、請負代金の一部が工事着手前にその経費のために前払されることが一般的であり、その時点で請負人が破産したとすれば、その預金口座に残っている金員について、本件と同様に信託契約が存在することとなり、破産財団を構成しないという不当な結論になってしまう。

被告保証は、破産会社が破産する危険に備えて、本件預金につき譲渡担保や債権質等の担保権を設定するなどの措置をとらなかったものである以上、これに対する優先権がないのは当然であり、ほかの一般債権者と同じく、破産手続で配当を受けるしかないのである。

三  当裁判所の判断

1  公共工事の前払金保証事業

国又は地方公共団体等の発注する土木建築に関する工事等の公共工事については、請負者の工事資金の調達が難渋し、公共工事の完遂に支障をきたすことを防止するため、関係法令(会計法二二条、予算決算及び会計令臨時特例二条三号、地方自治法二三二条の五第二項、同法施行令附則七条)により、保証業法二条四項でいう同法五条の規定により建設大臣の登録を受けて前払金保証事業を営む会社の保証がされることを前提に、特別な公金の支出として、請負者に対し、その公共工事に要する経費の規定割合分につき前金払がされる(前払金が支払われる)制度になっている。

そして、保証業法は、「この法律において「前払金の保証」とは、公共工事に関してその発注者が前金払をする場合において、請負者から保証料を受け取り、当該請負者が債務を履行しないために発注者がその公共工事の請負契約を解除したときに、前金払をした額(出来形払をしたときは、その金額を加えた額)から当該公共工事の既済部分に対する代価に相当する額を控除した額(前金払をした額に出来形払をした額を加えた場合においては、前金払をした額を限度とする。以下「保証金」という。)の支払を当該請負者に代わって引き受けることをいう。」(二条二項)、「この法律において「前払金保証事業」とは、前払金の保証(これに関連して行う第13条の2第1項の規定による支払を含む。)をすることを目的とする事業をいう。」(同条三項)と定める。

本件においても、本件前払金は、右の制度により、本件工事に関し、東京都から破産会社に対して、保証業法五条の登録保証事業会社である被告保証の本件保証契約を前提に支出されたうえ、被告銀行の本件口座に本件預金として入金されたものである。

2  前払金保証に関連する諸規定

保証業法は、保証事業会社に対して、あらかじめ建設大臣の承認を受けた前払金保証約款に基づいて保証契約が締結されることを規定する(一二条)。

被告保証では、これにより、本件約款(乙七-57頁)を定め、

「(当会社の保証する債務)

第一条 当会社は、この約款の定めるところに従い、公共工事に関し、前金払を受けた請負者(以下「本則において「保証契約者」という。)がその責に帰すべき事由により保証証書記載の公共工事の債務を履行しないために、発注者(以下本則において「被保証者」という。)がその公共工事の請負契約を解除したときに、被保証者に対して前金払をした額(出来形払をしたときは、その金額を加えた額)から当該公共工事の既済部分に対する代価に相当する額を控除した額(前金払をした額に出来形払をした額を加えた場合においては、前金払をした額を限度とする。以下「保証金」という。)を保証契約者に代わって支払うものとする。

(前払金の使途の監査)

第一五条 当会社は、前払金の使途を監査するため、必要に応じ何時でも、請負契約に関する書類及び保証契約者の事務所、工事現場その他の場所を調査し、これについて保証契約者又は被保証者に対し、報告、説明若しくは証明を求めることができるものとする。

2 保証契約者は、前払金を当該保証申込書に記載した目的に従い、適正に使用する責を負い、当会社が要求する必要資料を提出しなければならない。

3  保証契約者は、前払金を受領したときは、遅滞なく、その前払金を当会社があらかじめ本条第4項乃至第6項に規定する事項につき委託契約を締結した金融機関のうち保証契約者の選定する金融機関に、別口普通預金として預け入れなければならない。

4  保証契約者は、預託金融機関に適正な使途に関する資料を提出して、その確認を受けなければ、前項の預金の払いもどしを受けることができない。

5  前払金が適正に使用されていないと認められるときは、当会社は、預託金融機関に対し第3項の預金の払いもどしの中止その他の処置を依頼することができる。

6  預託金融機関は、当会社の委託により第3項の預金の使途に関する監査を代行することができる。

(求償及び代位)

第一六条 当会社は、被保証者に保証金を支払ったときは、その支払った保証金の額を限度として、保証契約者に対して求償権を取得する。

2 当会社は、前項の求償権を行使するため、同項の金額の範囲内において、かつ、被保証者の権利を害さない範囲内において、被保証者が保証契約者に対して有する権利を代位取得する。

3 保証契約者は、当会社が事前の通知を行わないで保証金の支払をした場合であっても、当会社の第1項の権利の行使に関し、当該支払額全額について、異議なく求償債務を負うものとする。」

などと規定している。

そして、被告保証は、本件約款一五条三項の委託契約として、被告銀行との間で本件業務委託契約(乙一一)を締結しており、

「東日本建設業保証株式会社(以下「甲」という。)と株式会社第一勧業銀行(以下「乙」という。)との間に請負者(以下「保証契約者」という。)から乙に預託された前払金(以下「預託金」という。)の適正な払出に関する管理及び使途の監査につき左の委託契約を締結する。

第1条 甲は、保証契約者が乙を預託金融機関として選定したときは、乙に対し遅滞なく前払金の預託に関する取扱依頼書及び前払金の使途内訳明細書の写を送附するものとする。保証契約が変更され又は本条前段に規定する書類の内容に変更があったときも同様である。

第2条 預託金の受入科目は、別口普通預金とする。

2〔省略〕

第3条 乙は、保証契約者から預託金の使途内訳及び証明資料を添えて預託金払出の請求を受けた場合、その内容が第1条に規定する使途内訳明細書に符号するときは、保証契約者にその請求金額を払い出すものとする。

〔中略〕

第6条 甲は、保証契約者がその払い出された預託金を適正に使用していないと認めたときは、乙に対し爾後の預託金の払出の中止とその他必要な処置を依頼することができる。

〔後略〕

などと規定しているが、この内容は、被告保証と他の金融機関との業務委託契約と同様の内容である。

また、東京都の発注する公共工事の請負者との定型的な工事請負契約書(乙九)では、

「(前金払)

第34条 甲〔発注者〕は、契約書で前払金の支払を約した場合において、乙〔請負者〕が公共工事の前払金保証事業に関する法律(昭和27年法律第184号)第2条第4項に規定する保証事業会社(以下「保証事業会社」という。)と契約書記載の工期を保証期限とする同条第5項に規定する保証契約(以下「保証契約」という。)を締結したときは、2億4千万円を限度とし、乙の請求により、契約金額の40パーセントの額(10万円未満のは数は切り捨てる。)を前払金として支払う。

2 乙は、前項の前払金の支払を受けようとするときは、この契約締結後(甲が別に前払金の請求時期を定めたときは、その時期)に、保証事業会社と締結した保証契約を証する書面(以下「保証証書」という。)を甲に提出した上で前払金の請求をしなければならない。

3 甲は、前項の請求を受けたときは、遅滞なく第1項の前払金を支払う。

(前払金の使途制限及び返還)

第37条 乙は、前払金をこの工事に必要な経費以外の経費に充ててはならない。

2 乙は、前項の規定に違反した場合又は保証契約が解約された場合は、既に支払われた前払金を、直ちに甲に返還しなければならない。

3 乙は、前項の規定により前払金を返還する場合は、前払金の支払の日から返還の日までの日数に応じ、当該返還額に年8・25パーセントの割合(〔省略〕)で計算した額(〔省略〕)を利息として支払わなければならない。」

と定めており、本件請負契約においても、前記二(前提となる事実)2のとおり、前払金の手続がされている。

なお、保証業法は、一三条(保証金の支払)一項で、「保証契約に係る公共工事の発注者は、保証契約の締結を条件として前金払をした場合においては、当該保証契約の利益を享受する旨の意思表示があったものとみなす。」、同二項で、「前項に規定する発注者は、当該公共工事の請負者がその責に帰すべき事由に因り債務を履行しないためにその請負契約を解除したときは、保証事業会社に対して、保証契約で定めるところにより、書面をもって保証金の支払を請求することができる。」と規定し、また、二七条(前払金の使途の監査)で、「保証事業会社は、保証契約の締結を条件として、発注者が請負者に前払金を支払った場合においては、当該請負者が前払金を適正に当該公共工事に使用しているかどうかについて、厳正な監査を行わなければならない。」と規定している。

さらに、地方建設局長と北海道開発局長に宛てた前金払の実施に関する建設事務次官通知(建設省発会第三六八号昭和二七年一一月一日、乙七-29頁)では、「1 前払金の管理及び使途の監査について

支払った前払金については、その管理及び使途について、公共工事の前払金保証事業に関する法律第27条及び前払金保証約款第19条〔現行の15条〕の規定並びに保証事業会社がその指定銀行との間に締結する業務委託契約書に基づいて、保証事業会社又はその指定銀行をして厳重な監査を行わしめるとともに左の措置をとるものとする。

(1) 支出負担行為担当者の定める工事の関係官は、請負者、保証事業会社又はその指定銀行から要請があったときは、適宜業務委託契約書第3条の証明資料(例えば材料搬入等の証明書)を発行し、前払金の不当使用の阻止に務める。

(2) 前払金の使途が適正でないと認めるときは、保証事業会社をして業務委託契約書第6条により爾後の前払金の払出を中止させることができる。」

と通達している。

3 前払金保証と預金取扱いの仕組み(乙一六、一七)

前記2の諸規定のもとにおける関係当事者間の相互関係を概観すると、別紙図のとおりであり(本件では、「発注者」が東京都、「建設企業」〔請負者・保証契約者〕が破産会社、「保証会社」〔保証事業会社〕が被告保証、「預託金融機関」が被告銀行、「支払先」の例が富士電設資材株式会社である。)、本件においては、東京都、破産会社、被告保証及び被告銀行の四当事者について、東京都と破産会社との間の本件請負契約、破産会社と被告保証との間の本件保証契約、被告保証と被告銀行との間の本件業務委託契約、そして、これらの契約関係や前記2の諸規定を前提とした破産会社と被告銀行との預金契約により、互いの関係が具体的に規律されている。

前払金の預託や払出しについて、その手続の中心となる預託金融機関の立場からこれをみると、まず、保証事業会社が保証契約を締結したときは、保証事業会社から、保証契約者及び指定した預託金融機関に、取扱依頼書、受入通知書及び使途明細書が送付され、預託金融機関は、送付書類のチェックを済ませたうえ、取扱依頼書の受付年月日欄で受け付ける。

前払金は、保証契約者が発注者に請求した後、概ね二、三週間で支出され、発注者から預託金融機関に直接振り込まれる方法又は保証契約者が発注者から現金等を受領して預託金融機関に預託する方法のいずれかで預託される。こうして預託金融機関で受け入れた前払金は、保証契約者の他の預金と混同することのないよう別口普通預金として前払金専用口座に預け入れられ、保証契約一件ごとに別口普通預金とすることになっているが、なお、預託金融機関において、保証契約ごとの前払金の管理ができる場合には、二件以上の前払金を同一の口座に受け入れることができる(業務委託契約二条二項)。また、誤って前払金が右専用口座以外の一般口座に入金された場合は、速やかに右専用口座に移し替られる。そして、前払金の受け入れをしたときは、受入通知書に所定事項を記載して速やかに保証事業会社にこれを送付する。

次に、預託された前払金の払出しについては、保証契約者から払出依頼書と証明資料(材料費、下請代金、機会器具の賃借料等につき当該請負工事の経費の支払に関するものであることが判別できるもの)の提出を受ける。そして、払出依頼書の所定欄の記載と、その記載内容があらかじめ送付済みの使途明細書と合致するかをチェックし、さらに、証明資料の内容と符号することを確認したうえで、支払先への口座振込、支払先宛ての記名式銀行振出線引小切手、現金(保証契約者の口座への振替えを含む。但し、手元資金で既に支払済みの場合に限る。)等によって払出しがされることになる。

なお、既に明らかなように、前払金の保証契約は、保証事業会社と請負者との間で、発注者を受益者としてする第三者のためにする契約であって、前金払がされた時点で発注者における当該契約の利益の享受の意思表示があったとみなされ(保証業法一三条一項)、また、保証事業会社が被保証者である発注者に保証金を支払ったときは、これを限度として保証契約者に対して求償権を取得し、その行使のために、被保証者が保証契約者に対して有する権利を代位取得する(本件約款一六条一項二項参照)。

4 当事者の主張の検討

これまでにみた関係当事者間の法的な相互関係を前提として、前記二(判断すべき事項)における当事者の主張を検討する。

まず、原告は、本件預金が破産会社と被告銀行との預金契約に基づいて、破産会社名義の本件口座に預け入れられたものであると主張するが、その預入れの当初から、通常の預金と著しく異なる手続を経ていることが明らかである。すなわち、破産会社と被告保証との間でされた本件保証契約のなかで、破産会社が預託金融機関として被告銀行を指定したことにより、被告保証が被告銀行に対して本件保証の前払金預託取扱依頼を行い、その結果、本件口座が開設されたのであり、また、通常、発注者からこうして開設された口座に直接送金される扱いであって、保証契約者が発注者から現金等を受領してこれを預け入れる例はまずなく(乙一七、弁論の全趣旨)、本件でも東京都から被告銀行に送金して預け入れられており、そこには預金者たる破産会社と預託金融機関たる被告銀行との間で、直接の預金手続は一切ないのである。

そして、別口普通預金として前払金専用口座に入金された後、その払出しに関しては、前述のように、当該工事の経費にのみ支出されることを実現するため、関係法規や契約又は実務の取扱い上、各種の工夫がされているところであって、保証契約者において、当然ながら、自由に払出しのできない預金であることはいうまでもなく、さらには、その適正な払出しや使途の監査について、保証事業会社の権限として定められ、日常的には業務委託契約によって、一次的に預託金融機関に委ねられるが、時には、発注者側の工事の関係官においても、保証事業会社を通じて、爾後の払出しを中止させることができるものとされているから、これまた、通常の銀行預金とは全く異なる性質を有するものであって、本件預金も同様である。

してみると、原告は、本件預金の名義に着目し、また、実際に払い出された前払金が破産会社における下請業者との代金支払等に充てられるものであることから、破産財団への帰属を主張するのであるが、本件預金債権について、右のような制約の存在することが単にその行使に際しての障害となるにとどまるものであるのか、その帰属にかかわる側面においても意味をもち得るものであるのかを考える必要がある。

この点、被告銀行の主張(一)及び被告保証の主張(一)については、原告の反論(一)のとおり、本件請負契約の解除の結果、破産会社が東京都に対して本件前払金の返還義務を負ったとしても、東京都が本件預金債権そのものを取得する原因にはならないのであり、また、右解除に際して、破産会社から東京都への本件預金債権の移転の合意がされたと認めるに足りる証拠もないから、これらの主張は失当である(ましてや、前金払の当初から、本件預金が東京都に客観的に帰属するものであったとの立論が不可能であることはいうまでもない。)。

そして、原告は、請負契約が発注者に解除されて、前払金の預金の払出しに必要な証明文書の提出が不可能となり、預金者である保証契約者が破産したような場合には、右の証明文書がなければ払出しができないという当事者間の特約をもって破産管財人に対抗できないとも主張するのであるが、これまでにみたとおり、右の払出しに関して、公共工事の前払金保証事業の制度として、そのような仕組みになっているものであって、預金者たる破産会社と預託金融機関との間の特別の合意によって設けられたものでもないから、原告の主張のように対抗の問題と考えることもできない。

ところで、原告は、原告の反論(二)前段のとおり、本件預金債権が破産財団に帰属することを前提とした被告銀行の主張(二)については、公共工事の前払金としての趣旨から、本来的に相殺が禁止されるものであり、本件銀行においても、本件業務委託契約などによって相殺が禁止されていたと解すべきであるなどと反論するのであるから、少なくとも、その限りにおいて、原告自身も、公共工事の前払金保証事業の制度趣旨からして、何人においても、本件預金が破産会社の一般財産として期待してよいものではないとの制約のあることを自認していることになる。

5 判断

そこで、以下では、本件預金債権の行使の制約が帰属の問題に如何なる意味をもつのかという観点から、被告保証の主張(二)とこれについての原告の反論(三)の当否を判断する。

被告保証は、本件前払金を原資とする本件預金について、発注者である東京都を委託者兼受益者とし、保証契約者である破産会社を受託者として、東京都から破産会社に信託のために移転された財産であると捉えたうえ、受託者に課せられる一般財産と分別して管理する義務(信託法二八条)は、信託における本質的要素であり、受託者の善管注意義務(同法二〇条)や忠実義務(同法二二条)から、受託者は信託の目的の範囲内では専ら受益者の利益のために行動すべきで、信託財産から自己が利益を得てはならないところ、本件では、本件前払金を本件預金債権のような別口普通預金として管理する義務がこれに該り、また、本件工事の必要経費に充てる場合にのみ払出しを認めて、もって、本件工事の確実な達成を期するのが公共工事の前払金制度の場合における信託目的であるとする。

この点、まず、原告は、少なくとも、東京都と破産会社間の当事者の合理的意思解釈からして、信託契約の存在を認めることができないと反論するのであるが、これを当事者が実際に信託と表現したかは格別、右当事者を含む関係者において、全体としての公共工事の前払金制度のもと、その規制に従う意思や認識を当然に有していたのであるから、必ずしも、信託と解することの妨げとはならず、むしろ、端的に信託法一条の定義に合致するような法律関係が客観的に存在するか否かで判断すれば足りるとも考えられるのである。

そして、原告は、本件預託金に関して、信託の成立要件としての財産権の移転と一定目的に従った財産の管理処分がない旨反論するのであるが、東京都による本件の前金払が本件請負契約の履行の側面を有しているとしても、私人間の請負工事の前払金とは異なって、公共工事の前払金制度の制約のもとでされるものである以上は、純然たる請負契約の債務の履行にとどまらず、信託財産の移転があったとみることもでき、また、破産会社の払出しによる下請業者等への支払は、破産会社と右会社との間の契約に基づくものであることと、前述のような信託目的にかなった信託財産の管理処分とみることとが両立するものともいうことができる。

さらに、原告は、信託法の諸原則とも反する結果となる旨反論するのであるが、受益者の利益享受の禁止(同法九条)については、受益者を委託者でなく受託者とみたうえでの立論であって、被告保証の主張と前提を異にするものであり、有限責任の原則(同法一九条)については、仮に、下請業者の不始末を受託者が被ることがあったとしても、それは、信託財産の限度において履行の責任を負うべき債務の内容ではないというべきであるなど、多くの点で本質的な信託の原則とも矛盾するものではないとみてよいと思われる。

そうして、原告は、私人間の請負工事の例を引いて、前払いされた金員につき信託財産として請負人の破産財団に属さないという不当な結論が導かれるとして反論するのであるが、右の例では、通常、前払金は請負人の一般財産に混入して財産としての特定性を喪失し、また、前払金が経費に使われるべきことの拘束力が働いていないから、そもそも、本件と同様に考える前提を欠くものとみることができる。

すると、本件預金について、被告保証の主張のように、これを信託財産とみる余地があり得ることになるが、なお、検討すべきは、本件の場合に、信託法一六条(信託財産につき受託者個人に対する債権者の差押え等の禁止)の趣旨が及ぼされてよいか否かである。

この点は、本件預金のような別口普通預金の場合は、実務上ままみられる弁護士の預かり金専用口座、損害保険代理店が収受した保険料の保管口座、マンション管理組合の修繕費等を積み立てた管理会社の預金口座などの例と対比しても、法律に基づく公共工事の前払金保証制度のもと、名義人の一般財産からの独立性の極めて強い預金と位置づけられるのであり、一般債権者においても、本来、公共工事の経費のためにしか払出しできない預金であって、差押えが期待できないと観念しているものとみていいのではないかと思われる。そして、この理は、請負者である保証契約者が破産していようとも、既に保証事業会社によって発注者に対して保証債務が履行されていようとも、かかわりのない事柄である。

してみると、本件においては、厳密な意味でまさしく信託に該るといえるかはさて措き、少なくとも、信託とみてもそれが許容されるような法的関係が認められることから、信託法一六条の趣旨を類推適用し、本件預金については、受託者に相当する破産会社の破産によって、これが破産財団に帰属することはないものと解するのが相当である(すなわち、左のとおり、破産宣告前に発注者である東京都に代位した被告保証には本件預金につき実体的に信託法類似の関係に基づく取戻権があることになる。)。そして、被告保証は、本件保証の履行により、被保証者である東京都の保証契約者に対して有していた権利を代位取得し、これは保証契約者に対する求償権を行使するための法定代位であるから、結局、破産管財人の原告に対しても、債権譲渡の対抗要件を具備することなく、本件預金債権について権利を主張することができると解すべきことになる。

6 結論

したがって、以上のとおり、本件預金は破産財団に帰属しないことになるから、原告の請求は、いずれも理由がないことになる。

四  よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 梶村太市 裁判官 平田直人 大寄久)

〈以下省略〉

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